little forest

20160601010505419.jpg
公式HPより

映画リトル・フォレストの冬編・春編がレンタルで出ていたので借りて観た。
前作の夏編・秋編を観てから1年ほど経ち、前作を観たことすらすっかり忘れていた。

冬編の前半で、藁に大豆を包んで納豆を作るシーンがあり、小さい時の暮らしのことを思い出した。

うちは、祖母が徹底した自然食主義だったので、藁納豆に玄米と、ひじきや小松菜、切り干し大根などの惣菜という組み合わせがほとんどだった。
肉は家で食べた記憶がない。そのせいか焼肉に行くとすぐお腹を壊すし、胃もたれもする。基本的に耐性がない(といっても、大学の時は焼肉屋でバイトもしていたのだけれど。)。

お米は土鍋で炊いていたが、僕が中学生に上がる時に弁当が必要になり、炊飯器を買う買わないで、家族で大揉めした。その後は、電子レンジを買う買わないで、これまた大揉めした。
祖母は電子機器は体に悪いの一点張りであったが、電子レンジを買ってから結局一番よく使っていたのは祖母だった。

肉を食べない代わりに、魚は本当によく食べた。おかげで魚の食べ方が上手いとよく言われる。

おやつは、ごませんべいか、ポンせん、粟おこし、干し芋や干し柿。干し柿は家のベランダで作っていた。マンションの庭には金柑や、葱、アロマが植わっていた。
家は郊外の住宅地のどこにでもあるようなマンションで、そんなに田舎でもなく、こういった暮らしは珍しかったと思う。

祖母は、その辺に生えている野草を拾ってきては、ヨモギ団子を作ったり、タンポポの葉のおひたしや、つくしの佃煮などを作ったりした。タンポポはとても苦かった。
ご馳走の日は、決まって自家製の草もちか、おはぎだった。これは本当に好きだった。

母はその反動か、日曜日には必ずと言っていいほど洋食中心の食事を作ってくれた。平日は働いていたので、確か日曜日が唯一、母が食事を作る日だった。ナポリタン、パスタサラダ、アボカド、その他ラーメンや、カレー、焼きそばなど、子どもが喜びそうなものはなんでも作ってくれた。
月に一度は、祖母に内緒でファーストフードやファミレスに連れて行ってくれた。

祖父が時々パンを焼いてくれたが、茶褐色で身がカチカチに詰まったパンだった。
クリスマスケーキは、外側にクリームを塗ってあったものの、中身は同じカチカチのパンだった。世の中の一般的なケーキがスポンジ生地だということは、しばらく知らなかった。
給食の時に出るふわふわの白いパンが羨ましかった。白い米や甘い卵焼きにも憧れたし、祭でフランクフルトが食べたくて大泣きしたことも覚えている。祭で売っているものは、体に悪いということで、まず買ってもらえなかった。着色料が入っているものもご法度だった。

祖母が作る味の薄い和食は好きではなかった。冬瓜や白和え、ふきのとうの和え物なども、何が美味しいのかよくわからなかった。

あれから30年近く時間が流れ、昔は嫌だったそんな食べ物の方が今は嬉しい。小さな時に食べたものが、今の自分を作っている気がする。

祖母はいま90を超えているが、今は昔と逆に、コーヒーや甘いものが好きだったりする。昔は我が家は砂糖が入ったものは以ての外だったのに。

人間の心は本当に不思議なものだ。

書いていて、ふと思い出したのが前作の夏編・秋編の鳥を捌くシーン。
小学生の頃、農場の林間学校で鳥を捌くのを手伝ったことがある。
この林間学校では、1日のスケジュールや食事のメニューを自分たちで決めるのだが、うっかり鳥の唐揚げとメニュー表に書こうものなら、自分たちで鳥を追いかけて捕まえ、羽を抜いて調理をする羽目になる。
そんな経験を経て、命を頂くということにはすごく意識するようになった。今でも、閉店間際のスーパーに並んだ売れ残りの肉を見ると、体をギュッと絞られたような気持ちになる。

そんな、いろいろなことを思い出させてくれる映画。
特段何が起きるということもないけれど、映像の美しさと、静かに流れるBGMに語り調のナレーションが素晴らしい。

映画のタイトルにもなっている、little という言葉もとても好きだ。
たくさん持たなくてもいい。少しで、わずかでいい。
ささやかな喜びや気づきが、日々を豊かにしてくれる。
そんな風に思う。


2016.06.01 | 日々のこと'16-

コメント

コメントの投稿


秘密にする

«  | HOME |  »