時間の花

もうすぐ4歳を迎える娘が、しきりに「いまなんじ?」と聞いてくるので、100円ショップで時計を買った。
まさか本当に100円で手に入るとは思わなかった。
いざ電池を入れて動かしてみると、秒針の音が思ったより大きい。

夜中に響く針の音。
体が小さく小さくなって、針に体を後ろから押し出されているような気持ちになる。
「時間」と言えば、いつもミヒャエル・エンデの「モモ」を思い出す。
小さい頃、家にビデオがあって繰り返し見た。
文庫も多分あったと思う。

時間貯蓄銀行からやってきた灰色の男たちが、街中の人から無駄(と他人からは思える)な時間を奪っていき、人々は生きることに余裕が無くなっていく話で、子ども心ながら、時間を単純に効率で計ることに警戒心を覚えた記憶がある。

どれだけ効率化が進んでも、特にものづくりにおいては、手間をかけ、何回も何回もやり直しをしながら進んでいくことでしか得られない輝きのようなものが、最後の砦として残る気がする。

手を動かして沢山の案を作っても、やっぱり最初のが一番良かったということも往々にしてある。
そんな状況でいつも思うのは、最初のアイディア以外の可能性についても、自分が満足いくまで検証した結果、最初のアイディアしかあり得ないという確信にたどり着くのであって、すべては必要なプロセスだったということ。
(そう思わないとやっていられない。)

そういう訳で、僕が休日に布団にくるまって午睡するのも、ただただ公園で青空を眺めるのも、少し寄り道して帰ってみたりするのも、日々を豊かにするための、節約できない大切な時間なのです。

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2016.02.02 | 日々のこと'16-

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