夏が終わったとき

夏に祖母が亡くなった。

祖母とは、ぼくが生まれてからの20年間を同じ家で過ごした。


祖母は毎日を丁寧に暮らす人だった。

朝誰よりも早く起き、ご飯を土鍋で炊き、自然食にこだわり、マンションの1階に庭を作って草木の世話をし、絵を描いて日々を過ごした。

米は玄米で、肉は全く食べなかった。

絵を描くのがとても好きだった。
ニカワを溶かして、大きなサイズの仏画を描いていた。
時々、個展も開いた。

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服を作るのも上手だった。
祖母は身長が140cmもなかったので、既成で気に入った服がなかったのだと思う。
子供心ながらに、とてもセンスの良い服だなと思っていた。

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一人暮らしをするようになり、時々祖母から手紙が届いた。
とても美しい字と品のある文体だった。


小学校3年生の頃、祖母の創作教室に付いていって、紙粘土で大きなウサギを作り、褒めてもらった。


夏になると、紫蘇ジュースを作ってくれた。
その味は今でもよく覚えている。


体は強い方ではなかったが、自然食が効いたのか、数えで99歳、大きな病気をすることもなく、天寿を全うした。


最近は年に数回しか会いに行けなかったが、行くとボーッとしながらも目を開けてくれた。

四十九日の法要で、祖母が生まれた京都の舞鶴のお寺に行った。
子どもの頃は年に1〜2回は来ていた。
ぼくもとても好きな場所だった。

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家族のお墓を開けた時に、20年ほど前に納めた祖父の骨が見えた。
その隣にそっと祖母の遺骨を添えた。

祖母は約100年をかけて、自分が生まれた場所に戻った。


夏が終わったと思った。





高校2年生のとき、祖父が亡くなる前に自分は何もできなかった。
思春期だったのもあり、少し距離を置いたまま祖父は亡くなった。

その時のことがあるので、祖母にはできるだけ会いに行こうと思っていた。
でも思ったよりも何もできなかった。

結果として、祖父母には直接感謝の気持ちを伝えることはできなかった。

それでも、祖父母と一緒に暮らせたことはとても良かった。


結局のところ、ぼくは祖父母と母の背中をみて育ち、何を教えてもらった訳ではないけれど、どこか同じような考え方をして、どこか同じようなことをしているような気がする。


それが血が繋がっているということかもしれない。

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2018.11.21 | 日々のこと'16-

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