10年越しの欧州旅の記

10年前のヨーロッパに行った時の手帳が出てきたので、これを機に少し整理。

■その1 2004年10月5日-10月15日

10月5日 はじまり

フィンランドの首都ヘルシンキまで飛行機で揺られること9時間。
ヘルシンキの気温は17℃。晴れていても肌寒い。

スティーブンホール設計のキアズマフィンランド現代美術館、石の教会テンペロアウキオへ。
あたりは17時でももうすっかり薄暗い。

アカデミア書店でまずは日記用の手帳を購入する。

初めてのユースホステルは、大部屋に二段ベッドがずらっと並んでいて、少しばかりの緊張感に満ちている。
ここでは自分も外国人のひとり。


10月6日 バルセロナの熱気

早朝の暗いうちからヘルシンキ中央駅前からバスに乗って空港に向かう。

7:55ヘルシンキ空港発、11:10バルセロナ空港着。
ヘルシンキとうって変わって熱気が体にまとわりつく。

まずは日本人宿のチキートで荷物を預けたのち、ガウディ設計のグエル公園へ。
それから地下鉄に乗ってサグラダファミリア、カサミラとガウディ巡り。

夜はケンタッキーでセットを頼むが量が多く大味。
口直しにミネラルウォーターを買って宿に戻る。


10月7日 Less is More

朝からミース・ファン・デル・ローエ設計のバルセロナパビリオンを往訪。
このミニマルな空間にするためにかけられた膨大な手間を背景に感じる。

続いてミロ美術館とグエル邸とゴシック地区にある大聖堂、ピカソ美術館。
途中で友人とはぐれるも一人でなんとか宿に到着。

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10月8日 週末の祭

朝に駅で夜行列車を予約し、イグアラダ行きのバスに乗る。

目的はミラーレス設計のイグアラダ墓地。
傾斜した地形に不整形で少し過激な形態だけれど、どことなく落ち着きがある。
この絶妙なバランスは海外の建築独特のものがある。

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バルセロナに戻り、再びバルセロナパビリオンへ。
ここにずっといると自分が小さくなっていくような感覚に陥る。
とても不思議な感覚。

今日は週末の金曜日。辺り一面祭りのような賑わいで、日本の繁華街よりも気品があるのは非常に羨ましい。


10月9日 地中海の風

電車でスペインとフランスの境にあるポルトボウへ向かうが、誤って一つ手前の駅で降りる。
日本と同じ感覚で、一駅くらい歩けるのではないかという希望的観測で歩き始めるが、途中で断念し、トンネルの手前で降りた駅に引き返す。

空はとても青く緩やかに風が吹いている。
初めて味わう地中海の風景。

ポルトボウで寝台列車に乗り込む。


10月10日 小さな都市

早朝4:44フランス南部の港町マルエイユに到着。

ここでの目玉はル・コルビュジエ設計のユニテ・ダビテシオン。
中には住居、店舗、ホテルが入っており、屋上には保育園・体育館・プールがある。
いわば一つの小さな都市として創られたもの。

街で少年たちのサッカーを観戦し、旧港に出てブイヤベース(地中海の海鮮鍋)を食す。
夜はユニテのホテルのバルコニーでパンと生ハムとワインとチーズで乾杯する。
夜風がとても気持ち良い。

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10月11日 光の造形

マルセイユからリヨンに移動。
そこからメトロを乗り継ぎ、ラルブレル駅から丘を登って歩くこと30分、林を潜り抜けラトゥーレット修道院へ辿り着く。
これもコルビュジエ設計。

複雑な建物ボリュームで切り取られた中庭、傾斜地を活かした軽やかな形態、絶妙なプロポーションの窓、コンクリート打放しの力強い空間とトップライトが生み出す光の造形。
思ったより長居してしまい、電車の時刻に合わせて坂を駆け下りる。

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そうこうして、パリに着いたのは22時前。
マルセイユと打って変わってパリはとても寒い。
パリに住んでいる知人宅に泊めてもらう。


10月12日 パリを歩く

朝はまずコインランドリーへ。
朝食はソーセージとレタスをパンに挟んで食べる。

それからジャン・ヌーベル設計のアラブ世界研究所へ。
透明感と妖艶さを持った不思議な建築。

続いてノートルダム大聖堂。
外観に現れているバットレス(大きな空間を外から支える梁)の異様さと、内部空間の荘厳さとの対比。
広場では数人の男性カップルが手をつないでいたのもパリらしい。

オルセー美術館は駅舎を改修した美術館で、大空間のプラットフォーム跡を活かした展示空間と、大時計の裏の空間につくられたカフェが魅力。
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シャンゼリゼ通からり凱旋門を経由し、オーギュストペレ設計のアパートを外から見学。
ライトアップされたエッフェル塔は美しいとしか言いようがない。


10月13日 大地の彫刻

サンドイッチを買って列車に乗り込む。
今日の目的地はコルュビジエ設計のロンシャンの教会。

ロンシャン駅から歩いて行くが道を見失い、太陽の光を頼りに方角だけを確認しながら森を通り抜けて何とか到着。
大地から立ちあがったような力強い形態にふわりと空からかぶせたような屋根。
次の電車まで4時間あるので、ただただその造形に見入る。

芝生に寝転び外観スケッチ等。
一人の少年が栗をくれたので、大事にポケットにしまう。

4時間列車に乗って22時前にパリに到着。
電車でiPodを紛失。

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10月14日 白の時代
今日はコルビュジエ設計のサヴォア邸を往訪。
白いキューブに光がふんだんに差し込む。
コルビュジエが提唱した近代建築の5原則(1ピロティ 2屋上庭園 3自由な平面 4水平連続窓 5自由な立面)を具現化した建築。
とても70年前以上のものとは思えない。
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続いてコルビュジエのブラジル会館とスイス会館へ。
連日コルビュジエ巡り。


10月15日 パリ最終日
朝からシュレーダー邸とチューゲンハット邸の見学を片言の英語で電話予約する。
この後の行き先地であるオランダのアムステルダムのホテルは予約できなかったので、行ってみるしかない。

列車に乗り、ドミニク・ぺローのフランス国立図書館へ向かう。
抽象的なガラスの4本のタワーとそれに抵抗するような荒々しい中庭の木々の対比。

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その後、ルーブル美術館へ。
ガラスのピラミッドがあるからこそ旧館の魅力も増す。

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ライトアップされたピラミッドを背に帰宿。




◾️その2 2004年10月16日-10月25日

10月16日 ブリュッセルの街並み

パリからベルギーのブリュッセルに移動。街並みがとても優雅で、とりわけグランドパレス前の広場が美しい。
アールヌーヴォーの名作であるタッセル邸とオルタ邸を見学。

ブリュッセルを後にし、アムステルダムに着くが、ホテルはどこもいっぱいでクリスチャンが経営しているユースを紹介してもらう。
夜は街中で若者たちが騒いでいて、少し怪しげな雰囲気。


10月17日 アムステルダムの夜

ロッテルダムに移動し、クンストハル(設計コールハース)とファンネレの煙草工場(外観のみ)を見学。
街を歩いているとコールハース的な近代建築は非常に多いが、これはオランダ独特の雰囲気。 
日本の近代建築は海外からどう見えるのだろうか。

アムステルダムに戻り、夜の街を散策。


10月18日 オランダの近代建築

ユトレヒトにあるシュレーダー邸を見学。
ガイドがドイツ語で解説してくれるが当然内容は分からない。
設計したリートフェルトは図面をほとんど描かなかったという。

バスを乗り継ぎ、MVRDV設計の集合住宅など見学。

オランダは国土の1/4が海面より低いだけあって、アムステルダムもとにかく水が近くにある。
どこに行っても川の横を歩いている感じ。

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19時にケルン行きの列車に乗り、ケルンでベルリン行きの寝台列車に乗り換え。
カーテンを閉めて眠りにつく。

10月19日 

ベルリンに着いて、早速ダニエル・リベスキンド設計のベルリン・ユダヤ博物館に行く。
鋭利な外観、緊張感のあるディテールを備えながら、とても心地よく研ぎ澄まされた空間。
あまりの良さに、一冊リベスキンドの作品集を購入。

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国会議事堂であるライヒスターク(ノーマン・フォスター設計)、DG銀行(フランク・ゲリー設計)などの建築が目白押し。
オランダ近代建築とは違った普遍的な良さを感じる。

10分ほど歩いてヌーベル設計のギャラリーラファイエットへ。
ガラスの円錐は実物よりも写真に撮ったときの反射が秀逸。

ベルリンはどこで食べてもソーセージが圧倒的においしい。


10月20日

宿のインターネットでメールを確認した後、AGEタービン工場往訪(外観のみ)。
その後ハンス・シャロウン設計のベルリンフィルハーモニーホールに行くが、さすがにチケットは取れない。

向かいにあるミース設計のナショナルギャラリーも休館。

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夜はレストランを探しながら歩くも、これも収穫なしで、結局昨日行ったスーパーと売店でサーモンとハンバーグ、ソーセージ、パンを買って部屋でビールを空ける。
ユースにて友人のささやかな誕生日祝い。

とにかく駄目な一日だったが、これも旅の醍醐味のひとつかもしれない。


10月21日

7:35の列車でチェコに移動。
偶然行きの関西国際空港であったバイト先の知人と一緒になる。
違う経路でヨーロッパを回ってめぐり合うのは不思議な感じ。
個室の二等席で仮眠をとる。

駅で宿を探していると優しそうな中年男性が宿の紹介をしてくれるという。
キッチン・シャワー付きの住宅のようなアパートで、値段もかなり安い。

荷物を置いてアドルフ・ロース設計のミュラー邸の見学。
見学ツアーは早稲田の建築の人と一緒になる。


10月22日

ブルノ着。
電話予約したミース設計のチューゲンハット邸の見学。
朝はピザを食べて、昼は街中のカフェにて一休み。

坂を上ってチューゲンハット邸着。
外観は端正で気品のある佇まい。テラスから寝室に入り、光に満たされた螺旋階段を下る。
傾斜を活かしたシンプルながら立体的な動線。

これもバルセロナパビリオンと同様、自分が小さく感じてどこにいればよいのかわからなくなる。
1時間ほどのツアーを終えて駅に戻る。

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19時過ぎにオーストリア首都、音楽の都ウィーン着。

宿にチェックインしてからレストランを探す。
夫婦で経営している小さなレストランを発見。魚料理を注文するが、深みのある味付けに感動する。
余韻に浸りながら久々にゆっくりとした遅めの夕食。


10月23日

宿を出て坂を下り、ロースハウス(アドルフロース設計)、レッティ蝋燭店・ハースハウス・アメリカンバー・ブティック(ハンス・ホライン)、アンカーハウス(オットー・ワーグナー設計)など見学。
少し歩いてワーグナー設計の郵便局へ。

土曜日のため外観のみの見学で、内部が見れなかったのは非常に残念。
大通りで指揮者の小澤征爾氏に遭遇。

夜のオペラを観るまで繁華街で買い物。
建築をまったく見ない時間もたまにはいい。

18時にチケット売場に行き、立ち見席を購入。
100人位並んでいた。立ち見ではあるが、オペラを500円程度で見れる文化は素晴らしい。
流石に舞台は見にくかったが、前半と後半で19:30~22時までオペラを堪能。
夜食にソーセージを購入して帰る。


10月24日

9時に音楽会館に行き、コンサートチケットを購入
少年団と青年団に、4人の歌集とオーケストラの構成。
ゆったりとした伸びやかな歌声にぼーっとなる。

音楽会館を出て列車に乗り、ウィトゲンシュタイン邸からフンデルトヴァッサーハウスへ。
建築的には、機能・構造・形態と無関係な装飾は違和感があるが、一般的にはこれが人気があるのもわかる。

ワーグナーのマジョリカハウスを見た後、広場でビールを飲みながらぼんやりと過ごす。
日曜は店がほとんど閉まっており、何もできない。

夜はレストランでシーフードを食べるが値段が高い割にはそれほどおいしくない。
22:45の夜行列車でベネツィアに向かう。


10月25日

8:46水の都ベネツィア着。
電話で宿を探すがどこも満室。
隣で同じく宿を探していた日本人の方と相室でなんとか宿を確保。

その方は実家が奈良で、1年ほどトルコに住んで、ポーランド経由でイタリアに入り、その後日本に帰国する予定らしい。
ポーランドの夜行列車で貴重品が根こそぎ盗難にあったそう。旅にはいろいろある。
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街は細い街路ばかりですぐにどこを歩いているかわからなくなる。
サンマルコ広場は人よりもハトでいっぱいだった。

イタリアは非常に温暖なので、冬服と読み終わった本を郵便局から日本に送る。
水路だらけで自転車も車もないこの街は交通が不便だけれど、それが逆にこの街の良さをずっと保っている。

夜はレストランでパスタとピザを食べる。宿に帰る途中で果物屋でプルーンを、肉屋で生ハムとワインを買って宿に帰る。
ちょっとした晩酌の後、みんなすぐ眠りについた。



◾️その3 2004年10月26日-11月3日

10月26日

8時に起きて魚市に行く。
カフェでサラダとリゾットを食べ、列車でトレビゾに向かう。

駅からバスの降り先を間違えてしまい、延々と小1時間ほど歩いてカルロ・スカルパ設計のブリオン・ヴェガ墓地に着く。
カルロスカルパ自身の墓もこの中にあり、一輪のバラがそっと添えてあった。

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少し雨が降ってきたので雨宿りをし、バスに乗り込むがまたしても間違ったチケットを買ってしまった様子。
運転手は取りつくシマもなくバスをおろされる。

そんなこんなで予定よりも1時間遅れの20時に宿着。
近くのレストランで軽く晩餐。

本当に疲れた一日だった。


10月27日

7:51のヴェローナ行きの列車に乗る。
カルロ・スカルパのヴェローナ銀行を偶然通り掛る。

ジュリエットの家は幸せを願うたくさんの落書きでいっぱいだった。

広場でドーナッツを買い、丘の上のヴィラに上り街を見下ろす。
街は赤い瓦屋根と茶色い外壁で埋め尽くされている。

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丘を下り、カルロ・スカルパ設計のカステロヴェッキオ美術館へ。
これは古城を美術館に改修したもの。

列車が遅延し、フィレンツェには18時着。
夜は地元でも人気とのレストランへ行く。
値段も安く味もよい。席は多いがすぐに満席になった。


10月28日

ゆっくりと10時に起床。
ブランカッチ礼拝堂、サンスピリト教会、サンタクローチェ教会。
そしてフィレンツェで最も有名な建築の一つサンタ・マリア・デル・フィオーレへ。
6ユーロを払い、464段を上ってフィレンツェを360°一望できるクーポラまで登った。
これだけ大きなドームを作る技術に圧倒される。

街を散策していると、ヴェネツィアで同宿した人が声をかけてきてくれた。
どうやらマフラーを忘れてきていたらしいが、イタリアは暖かいので全く気がつかなかった。
お礼を言って別れる。

レストランで食事をしたのち、宿で生ハムと果実酒で一日を締める。
イタリアは本当に生ハムが安い。


10月29日

8時起床、シャワーを浴びてチェックアウト。
捨て子養育院とサンロレンツォ、メディチ家礼拝堂、ノヴェラ教会見学。
そして、街を一望できる丘の上のミケランジェロ広場へ。
ここからもサンタ・マリア・デル・フィオーレの屋根は際だってよく見える。

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帰りのバスが予定発車時刻より10分早く来たため乗れず。
止むなく駅まで歩く。

駅ではほとんどの列車が遅れ、人であふれかえっていた。
列車の一時間遅れなどは、ここではザラらしい。

フィレンツェからローマの南へ行く夜行列車に乗る。ベッドではなく普通のシート席なのでなかなか寝付けない。


10月30日

6:30体が痛くて目が覚める。
目的地のマテーラ行きの列車が出るまで1時間ほど待つ。
一面に広がる畑と平野を抜けて2時間着でマテーラ着。

岩面をくりぬいて、あるいは岩に寄り添うように作られた白い建物の集積は圧巻だ。
ここでは犬は放し飼いにされており、少しびくびくしながら歩く。
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13:08発の列車に乗り、ローマに戻る。
駅に着いてから、日本人宿イタリアインを目指して歩く。
目印が分かりにくく少し迷いながら何とかたどり着く。
夜はなかなか寝付けず、宿に置いてあった漫画を読みあさり、気づけば時計は深夜2時を回っていた。

10月31日

10時起床。
通りを歩いていると、またしてもヴェネツィアで出会った人に遭遇。
ちょうどイタリアインを目指してきたらしい。
宿に案内し、3人でローマ観光。
コロッセオ、フォロロマーノ、トラヤヌスのマーケット、トレヴィの泉など、観光地を巡る。

サッカー好きの友人に連れられてセリエAの試合を観にスタジアムへ。
思ったよりもフィールドが近く臨場感がたっぷりある。
夜は人気のピッツァリアに行くが、どうも口にあわない。
スーパーで仕入れた食材で宿で口直し。


11月1日

シャワーを浴びて、昨日買ったソーセージと卵でスクランブルエッグを作る。
途中でスリに狙われたりしながらも、バチカン市国のサンピエトロ大聖堂へ向かう。
楕円の広場は中央に向かって緩やかに傾斜しているのが心地よい。
一日ローマ観光して終了。帰国が迫ってきている。


11月2日

今日はローマ最後の日。
楽しみにしていたパンテオンに向かうが一部改修中になっている。
それでも空間のすごみはよくわかる。天井の穴は直径9mもあり、これを2000年前に作った技術力には脱帽する。

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近くのスーパー等でおみやげを購入。
宿に帰り、宿の人たちと近所のトラットリアで夕食。
イカ墨パスタ、エスカルゴ、骨付きステーキなど。
どの料理も今までのイタリア料理で一番おいしかった。
宿に帰ってすぐに就寝。
夜半に目が覚め、しばらく本を読むもいつの間にか寝てしまい、気づけば朝に。


11月3日
シャワーを浴びて荷物を整理。
みんなに別れのあいさつ。
空港では20分遅れで離陸し、1カ月ぶりにヘルシンキ空港着。
ここはトランジットで経由のみ。再び9時間の空旅へ。
機内で映画を見て眠ろうとするが寝付けない。

仕方なく日記をつける。
この旅で出会った人のことを想い出す。

旅先で偶然にも幾度か会ったバイト先の人。
こんなこともあるんだと思った。

ヘルシンキのユースで出会った日本人。
東京で妹さんと同居しているらしい。

バルセロナで同宿した政治家秘書とイギリスへの留学生

明治大学建築の学生。
どうやら同い年 ※後年の補足だけれど最初にmixiやfacebookを勧めてくれて何かと繋がっている。

パリで泊めてもらった留学中のサークルの後輩。

バルセロナからポルトボウ行きの列車で一緒だったアメリカ人。

ウィーンの小さなレストランを英英している夫婦。

チェコで宿を紹介してくれた髭の生えた中年男性。

ベネツィアからローマまでお供した奈良の人。
日本に帰ってからも何回かお会いできた。

イタリアインでお世話になった人たち。

日本を出て20日くらいで寝床を転々とする生活に少し疲れた感じはあったけれど、1ヶ月は本当にあっという間だった。
この旅はこれからどんな根っこを自分の中におろしていくだろうか。

たくさんの建築とたくさんの出会いを思い出しながら、ふと時計を見ると日本時間の5:00を回っていた。
もうすぐ日本に着く。

この汚い字で綴った日記も今日で終わり。
これから始まる新しい日々に期待を込めて、ノートを閉じる。

2014.12.07 | 旅のこと

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